非・洗練

ラーメン二郎さんへの長蛇の列を見るたびに「洗練」への拒否感なのかなと思います。

街もモダンに切りそろえられて無駄がなく、チープなのに、どこか洗練されていて、そして、どこへ行っても同じような顔。

息苦しい…

建築物のデザインなどで完成形を追求されると、不完全な人間としてはどんどん居場所を失っていく思い。街場の代表食であるはずのラーメンでさえ、モダン・デザインのかなで「洗練」を目指しはじめた…

誰も完璧なラーメンなんて、誰も求めていなかったのにね。

「洗練」の中で、一息つきたくなって、ラーメン二郎さんのラーメンみたいなものが喜ばれる…
いや、愛されているのかもしれません。

店によって味が違うなど、画一的なチェーン店として洗練されていないのも魅力的なんだと思います。

朝礼で整列させられているような街並み、教室のような職場に、みんな疲れちゃっているのかもしれませんね。

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