選 択

相手が5枚のカードを提示していて、その中で最も良いカードを引くために賢くなる…
カードの出し方が悪ければ、もっとちゃんと出してくれよと要求を出す。

それが、戦後のこの国の、メインストリームを歩いていく際の方便であり、作法みたいなもんです。

小学校を卒業すれば中学校に行き、中学校を卒業すれば高校に行き、高校ののちは就職するか、大学へ行くか。そして大学を卒業すれば就職です。なんだかわからないけど適齢期というものがあって、結婚をして、どこにマイホームを購入するのか、それが一戸建てなのか、マンションなのかを選択する…真面目にメインストリームを歩いてくると、人生はずっと「選択」です。

ところがヨコハマの市場に出店して以来、140年間ずっと自営であるところのオフクロの家には、カードを出してくれる人がいない。いたとしてもおざなりで、それ故に、わが家の習慣は、なんでも「自分でつくる」「自分で調達する」。それが当たり前だと思っている。
江戸時代から技能職のオヤジの家も「自分でつくる」「買ってくるのは部品まで」。そして家族の全員に即戦力のユーティリティ・プレーヤーであることを要求するので、男たちも料理、洗濯が上手い。

彼らは権利を振りかざして人の世話になろうとはしない。全てを自分で完結させて、ゆとりを持って誰かを助けることを豊かさだと思っている…お上の手は借りない。それが彼らのプライド。

たぶん、そうやって自分を奮い立たせないと生きてこれなかったんだと思います。税金の計算でさえ自分でやって申告しなきゃいけないし、来月の収入でさえ、それを保証してくれる人はいないから、家計の立て方だって難しいし、商売上の損は全部、自分持ちですからね。

つまり「やせ我慢」です。
でも、僕は彼らに育てられて彼らがカッコいいと思っていますからね。そこを行っちゃおうとするんでしょう。

「選択肢を要求する」なんて概念がない。

これはもう宿痾みたいなもんです。仕方がありません。

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