「参加」するのでなく

例えば、町内のイベントのヨーヨー釣りかなにかにボランティア・スタッフとして参加する。公園や道路の清掃や管理の一スタッフとしてゴミを拾う。もちろん、こうしたことも立派な「公」への参加ではあります。
でも、そうやって一個人の労働力を提供するだけでなく、政策レベル、あるいは地域の人間関係の調整など、高次なレベルで「公」に参加する人の数は依然としてまばらです。それ故、ご町内が「声の大きな人」に仕切られてしまったり、その「声の大きな人」もいなくて空洞化していくだけだったり、イベントだけは継続開催されていても、日常はどんどん空虚になっていくという…そんな感じがスタンダードです。

一方「そのあたりは役所の仕事なんじゃないの?」という考え方を超え、かといって利益集団をつくってお役所に要求をつきつけるというものでもない、自律的で、おだやかな、私が始めるのだが私の気持ちよさのためではないコミュニティ・メイキングに一歩、二歩と歩みだしている方もいらっしゃいます。
ある方はカフェを開き、ある方は公園を借りて「市(いち)」を定期開催し、友だちの輪を広げながら、例えば週に2日じゃ足りない夏場の生ゴミ回収に共同で業者さんを雇ったりと「私立の『公共』」を模索していらっしゃいます。

確かにイレギュラーだが、複数の人が複数の街で動き始めています。

若者が自分の店を、後輩たちの起業の場に提供しているという事例もあります。

こういった意味でも、工業生産時代は終わりに近ずいているのでしょう。経営陣がいて、私は一労働者というのではなく、ひとりの「暮らし手」だから共生を考える。

だから「参加」するのでなく、一個人として「主体」になる。

ホントにもうすぐだなーと思います。質が変わってきているのです。

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