首相をして

もともと法律は条文そのものをダイレクトに現実に適応できるものではなく、つまりは「解釈」に拠るというもの。原告と被告は法律の解釈をめぐって争います。

(でも、まぁ世間を納得させられるような会社ができる法律家も少数なので、一般の法律家は、そうした法律家がつくった判例に拠るわけですが)

つまり、法律は最初から「解釈」です。特に憲法のようにコンセプトや指針を表すものは「解釈の余地」があるわけです。

だからこそ国権の最高機関が「なんでもあり」な雰囲気をつくってはいけないわけです。

国権の最高機関が「なんでもあり」な雰囲気をつくれば巷はどうなるか。
そもそもが我田引水な解釈が横行し「訴えてやる」が乱発されているわけだし、歌舞伎町あたりのぼったくりバーでは法律が脅しの道具に使われているというのに…

安部さんたちは96条の改正が無理と踏んで、閣議という20人ほどの合議と憲法の解釈で9条という大国是をひっくり返えそうとし、立法府の一角である衆議院はそれを認めたわけです。

独自の解釈が横行する法律はもはや法律ではありません。
「赤信号、みんなで渡れば怖くない」はさらに恒常化し、弁護士さんよりヤクザな示談屋さんの方が問題の解決力があるといった時代になるのかもしれません。

このままでいけば、市井も荒れ模様でしょう。
首相をして、俺たちの判断が法律に勝るといっているんだから仕方ありません。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中