お人好しが 過ち

アメリカナイズされた戦後の全てを肯定するわけではありませんが、安部さんのおじいちゃんや財閥が編んだ「戦前」をなぜ肯定することができるのかという疑問があります。

でも、衆議院は否定しませんでした。

安部さんのおじいちゃんは「戦前」に最後まで肯定的だったといわれますが、「戦前」のこの国は、国民の命を使って外国を切り取り、一部の人が無傷で旨味を吸うような植民地政策を肯定していました。彼らは徴兵に応じて戦死した者は神様にするが、空襲で亡くなった人は捨て置きもする。そういう「戦前」なら、まだアメリカナイズのほうがマシ…と、僕はそんなふうに思います。

たぶん「戦前」に戻すことでメリットを得られる人はごく少数でしょう。
たいていの国民は戦場に連れて行かれるか、我が家にいても空から爆弾が降ってくる状況に立たされるだけ。
防衛のためにと税金から兵器を買わされるのは僕らで、そのことによって膨大な利益を上げるのは一部の企業だけです。

彼らが押し付けられたという「憲法」の下でも(現況の自衛隊の軍装をみてもわかるとおり)彼らはこんなに兵器を造って、買ってきたんです。憲法というタガが外れたらどうなるのか…

文化、芸術、福祉なんでも削って軍事費にするのでしょう。ちなみに、この国に現況のような国民皆保険の制度が整ったのは1958(昭和33)年。僕が生まれるたった3年前(国民年金は1959年の創設)。つまり戦後の話です。うちのひいばあちゃんは人生の大半を国民健康保険も年金もなく生きていたということです。
郵便貯金は戦前からありましたが、これは、田中派な時代の「道路」といっしょで、財政投融資になって軍事費・戦費に使われていました。今日と同じように国債も乱発されました。日露戦争のためのポンド建て国債だって完済したのは1986(昭和61)年。どれもこれもが兵器の開発や保有を含めた軍事費であり、戦争のための経費であるところの戦費です。

僕らは確かに、無駄な道路やダムをつくるのは嫌だと言ったことはあるかもしれませんが、戦後70年、メインストリームの世論が、軍事大国を望んだことは一度もないはずです。望んだのは、僕らの暮らしに役立たないところに税金を使ってくれるなということだし、一部の企業や為政者に甘い汁を吸わせるなということです。

戦争は道路やダムよりも僕らの暮らしから遠いところにあり、さらに少数な企業や為政者に甘い汁を吸わせるものです。

そして、道路やダムは僕らの命を奪いませんが、戦争は必ず僕らの命を奪いに来る…

そんなことを、僕らのお金でさせる。

悲しいくらいのお人好し…いや、バカです。

焼けへこみし弁当箱に入れし骨これのみがただ現実のもの

広島市内の自宅で被爆した正田篠枝さんの歌です。

原爆死没者名簿を納めた石棺の正面にも「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」と刻まれているではないですか。

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