コミュニティではないもの

LINEが「いじめ」の温床になってしまうように、せっかく「ゆるい」が魅力のはずの各種SNSなども「踏み絵」にしてしまうようなところがありますが、やっぱり「ゆるい」が「これから」です。

プロジェクトごとに興味ある人が集まってプロジェクトが終われば散開。
そうなれば、リーダーの人間的な魅力が人を集めるのでなく面白そうなプロジェクトに人が集まるわけですから、コミュニティ意識も希薄になります。
個性的なマスターがいて、そこに集まる常連に加わるというより、誰にとっても「癒しの場所」になれる高尾山に魅力を感じる人が多くなる今日この頃。
デモだって、労組などの組織が動員をかけるスタイルはそれだけでアンティークな感じに見える時代になってきました。

つまりコミュニティじゃないんだなと思います。

コミュニティって、どことなくその一員に統制な感じを強いるところがありますが、今はそのあたりが最も嫌気されているように思います。

会ったことはないんだけれど、打ち解けて話ができて、明日への活力になる。一人じゃない感じが掴める…
そういう感じがいいなら、コミュニティじゃないはずなんです。

僕と奥さんを指してコミュニティとは言いませんもんね。最低でも1クラス分くらいの人数の寄ったりをコミュニティというのでしょう。
そして、コミュニティは、その一員とそうでない人の間に明確な線引きをし、一員には「みんな」との協調を強制する…

寂しいからといって、こういう意味でのコミュニティが求められているとは思えません。
だから「コミュニティ」じゃない何かを1日も早く明確にしていく必要があるんでしょうね。

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