過去のものへ

官房長官のおっしゃる「全共闘世代」のみなさんにとって、自らの人徳で人の上に立つのではなく「自分に与えられた権限で人を支配する」という考え方がスタンダードであるように思います。
いかが手を使っても官房長官になり、その権限を以って官邸に情報と人を集めて全てを直裁する。街場にあっては、これが「自治会長」というポストだったり、地方自治体なら「担当課長」だったり…「任されているのだから」とばかりに独裁する。そのために「卑怯」もいとわずポストを取りに行く…

市川房枝さんが在任中に毎月発行していた「私の国会報告」。その1977(昭和52)年7月号に、こんな記述があります。これは菅は菅でも、元首相の菅直人さんの話です。

菅氏は昨年12月5日の衆議院選挙の際、東京都第7区から無所属候補として立候補した。この時は立候補を内定してから私の応援を求めて来た。彼等の意図は理解するが、衆議院の無所属は賛成できないので推薦応援はしなかった。然し50万円のカンパと、私の秘書、センターの職員が手伝えるよう配慮し、「自力で闘いなさい」といった。ところが選挙が始まると、私の名前をいたる所で使い、私の選挙の際、カンパをくれた人たちの名簿を持っていたらしく、その人達にカンパや選挙運動への協力を要請強要したらしく、私が主張し、実践してきた理想選挙と大分違っていた。
然し彼等は7万票獲得、大いに意を強くしたであろうが、衆議院で落ちたから参議院に出る、しかも無所属が望ましいのに、社会市民連合という政党に参加したのは賛成しがたい。

彼らは、後ろから殴りかかろうが「勝てば官軍」な考え方を持ち、そのくせ自分が面倒になれば「後はよろしく」で、オロオロする部下を尻目に「後はよろしく」でどっかへ行っちゃって、彼らに勉強させてるんだよと嘯く。そういう調子ですから沈みかけた船からは「いの一番」に逃げ出す(そのくせ手柄は独り占め)。もちろん、立派な人もいますが「粒ぞろい」を目指した時代故、そういう人の存在はごく稀だといっていいと思います。

党派じゃない。世代だから始末に悪い。たぶん、今度の戦争が終わったら、彼ら、前の大戦が終わった後の軍人みたいに扱われるんじゃないでしょうか…

(僕らにとっては皇道派も統制派もなく軍人は軍人です)

もちろん、彼らの二の舞にならないためにも、あくまでも仁政を貫くべきですが…しこりは残っちゃうでしょうね。

いずれにしろ、次の時代には彼らの匂いがする文化やライフスタイル、カッコよさなどが過去のものになっているでしょう。
逆に言えば、そうなることから次の時代が始まっていくんだと思います。

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