見立て

繰り返しになりますが、なんでも「間に合う」と考えるのはいかにも無理があります。 きょう、心を入れ替えれば「あしたからでも間に合う」…それはありません。 僕みたいに50歳を過ぎた年齢になると、自分の実力についても希望的な観測は持てません。かなり努力をしても「実力微増」が現実です。 だから見方を変えてみる。そして、新しいカテゴリーでアピールしてみる。つまり見立ての美学でしょうね。

そして、肝心なのは、この「見立て」の部分。もしかしたら自分を宝の山にすることができるかもしれないし、さらに凡百の中に埋もれさせるかもしれない…何れにせよ。真に実力が問われるのはこの部分であるように思います。

遠い昔、わが家は「飾り職」の家系。明治維新とともに、その技能を以って光学系に転じて四代=オヤジがあったと…

しっかりとした技能を持つのはもちろんのこと。時代の流れに即した「見立て」ができることも重要なんでしょう。 自らを知り、時代を知り。両者ともに必須というわけです。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中