人生の醍醐味

かつての太平洋航路。横浜ーサンフランシスコ間で2週間ほどの船旅だったそうです。
でも、これが船旅と言えたのは、行先がわかっていて、どこをどう航行していけばいいのか、定まった海路があったから。
行先がわからず、故に海路も不明確な中で船を出したら、それはすでに漂流の始まりです。

時代の転換期にあたって
僕らの行き先は明確でしょうか。海路が見えているのでしょうか。
そして、行き先も不明確なら海路もわかっていないのに、すでに船を出してしまっているということはないのでしょうか。

確かに「船を岸につけたまま」でも船底は錆び、牡蠣やムール貝に覆い尽くされて接岸されているうちに船は沈没です。でも、だからといって「とりあえず大海原に夢を描いて」というのはあまりにも危険です。たぶん、いい加減な情報や海図を売りつけようとする輩もいるでしょう。

とはいえ、大海原に漕ぎださないと、岸辺にまで火の手は迫ってきています。

頼りになるのは星の位置。羅針盤。羅針盤を読む自分の実力です。
操船できる船を見つけて、沖合で火事をやり過ごすのもひとつ。ヨコハマから木更津あたりを目指すのもよし、ハワイを目指しても、サンフランシスコに新天地を求めるよし…

ただし教科書はありません。自己責任と言えば自己責任ですが、自分の人生の行末までを行政や会社に依存している、その考え方の方が異常だったとも言えます。

ホントはね。自分の生命かけた「ケ・セラセラ」こそ人生の醍醐味。
漂流している自覚もなく「干殺し」なんてことなら死んだ方がマシ。そのくらいの意地は見せたいものです。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中