竣工予定は2019年

1937(昭和12)年。戦艦大和の建造計画にGOサインがでたとき、すでに大艦巨砲の時代は終わっていました。そして、そのことは当時の軍部にも認識されていました。だからこそ、真珠湾攻撃(1945年)には飛行機による機動部隊を主力にした攻撃が採択されていたんだと思います。

でも、戦艦大和が就役した後も武蔵も信濃も建造されていきます。

(信濃は途中で空母に計画変更されますが現役に就く前に撃沈されます。しかし、飛行甲板を主とする空母の大型艦は就役しても標的になるだけだったろうと言われています)

この国が大鑑巨砲主義から脱せられなかったのは日露戦争における「日本海海戦」の成功体験があったからと言われています。日露戦争といえば、もちろん明治時代のこと。第一次世界大戦より前のことです。

今、新・国立競技場をつくろうとしているのは、あの時代に戦艦大和を造ったことと同じなのでしょう。すでにオリンピックはコンパクトな開催を旨とし、1994年冬のリレハンメル・オリンピック(ノルウエー)で「環境にやさしいオリンピック」がスローガンに採択されています。

当時の軍部には「軍部内の世論が」あり、その世論は一般的な社会の考え方隔絶している部分がありました。当時の軍部は天皇の直属とされていましたが、その天皇の考えとも別軸の「軍部内の世論」がありました。そして、その世論の中の多数が日露戦争の勝利にまだ酔っていました。世間が何を言おうと馬耳東風。天皇の考えにも「自分たちこそが軍事の専門家だ」と耳を貸すことはありませんでした。

あの時の繰り返しです。

戦争は起こらなくとも、わが国は敗戦に近い痛手を負うことになるのだと思います。

新・国立競技場の竣工予定は2019年。
戦艦大和の就役は1942年。そして、わが国の敗戦はご承知のように1945年でした。

避難袋準備を。それよりも被災したときに頼れるコミュニティ・メイキングに努力を。

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