デカすぎる

1960年代の後半から80年代の半ばまで若者文化(この言い方自体が懐かしいですね)を牽引した「原宿セントラルアパート」。表参道と明治通り交差点の北東角にあった地上7階、地下1階の建物はマンションであり商業施設。住居層には、ビートルズの来日公演の撮影者だった浅井慎平さん、PARCOの広告でも活躍された写真家の繰上げ和美さん、YMOやデビッド・ボウイのアルバム・ジャケット写真を撮影した鋤田正義。最近も穂村弘さんとコラボされていたイラストレーターの宇野亜喜良、「話の特集」の編集長=矢崎泰久さんなどが入居、常に日本サブカルチャーの震源地であり続けていました

若き糸井重里さんも、ここにオフィスを構えていらっしゃいましたはずですが、僕が少年だった頃にピカピカだった原宿あたりの印象の、その源は、この「原宿セントラルアパート」にあったんだ思います。あの吉田拓郎でさえ「表参道、原宿は」って楽曲つくったんですよね。1階にあった「レオン」という喫茶店には、マスコミ関係者が多く集っていたのはもちろん、伊丹十三さん、YMO、タモリさん、渥美清さんなどの顔も見えたという…実に多彩で、多様な感じ。

まさに情報(知価)生産の現場らしい活気のあり方…

情報(知価)生産は個人が源泉であり、個人と個人が出会って起きる化学変化みたいなものが「発展」なんですよね。だから会議をひらいてまとめるものでもないし、「集会」「組合」っていう感じにも馴染まない。

そして、クリエーターたちがひとつの建物や1ブロック程度の「街角」に集約して生産性を高めていく。そんな感じ。

だから、都道府県単位で振興策を考えるには広域に過ぎるし、県庁所在地級の都市でも、政令の行政区単位でも大きすぎると思います。だって、1ブロックに渋谷区が施策と予算の投下を特化するわけにはいかないでしょう。なにごとも各ご町内平等でないと…

でも、その体制では、情報(知価)生産による地域振興の成功は、たぶん難しいです。

徳島県神山町の人口は6千人ちょい。このあたりがぎりぎりの大きさでしょう。
繰り返しになりますが情報(知価)生産は個人(個性)が源泉。鳥取市でもデカすぎるし、そもそも個性を育もうという政策に多数決の多数を背景にする公共施策には馴染まないんです。

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