地域別の格差

後藤・安田記念東京都市研究所という団体が発行している月刊誌「都市問題」の最新号に掲載されていた論文に以下のような記述がありました。

「ハーバード大学で公共経済学を教えるラジ・チェティ教授(Raj Chetty)は、どこに住むかによって、階層移動の可能性が変わってくることを実証的に明らかにし、近年注目を集めている。同教授の研究に強い関心をもつヒラリー・クリントン氏の表現を借りれば、アトランタに住むよりもシアトルに住む方がアメリカン・ドリームは実現される可能性が高い。たとえ親の所得が一緒であったとしても、シアトルに住んでいた方が将来金持ちになる可能性が有意に高いのである。人種問題を抱える米国ほどではないにしても、今後、日本でもこうした地域別の格差がより顕著になるかも知れない。」

これは五石敬路(大阪市立大学大学院創造都市研究科准教授)さんの「自治体雇用施策と『地方創生』」と題された論文の一節で、人口減少で街のあり方が変わると住民の生活や雇用にどんな影響があるのかということを論じた項目の枕として語られているものです。

(ラジ・チェティ教授の指摘については、最近わが国でも引用が目立つものです)

五石さんは、総務省の調査結果から、空き家が多い地域では低所得者がより多く、単身高齢者世帯の割合も多いとし、こうした場所に住みたいと思う人が少なくなって、ますます空洞化が進むのではないかと懸念されています。

僕はこういうこともさることながら「情報生産に適した地域性をもつか否か」で「アトランタに住むよりもシアトルに住む方がアメリカン・ドリームは実現される可能性が高い」のような状況が生み出されるのではないかと思っています。

ずいぶん前から、情報(知価)生産分野に起業する若者にとって、税理士や公認会計士さんが「カタカナもの」の会社に慣れている人が多い渋谷区で起業した方が他で起業するより楽だという評価があったのですが、これからの時代はそういうことがさらにプレミアになっていくのだと思います。
そうしたことに加えて、多様性を容認する度量を持ち、刺激的な街と、保守的でファスト風土な平板な街との差が重なる…もちろん、この国には保守的でファスト風土な平板な街、「カタカナもの」に接したこともないような税理士や公認会計士さんしかいない街が圧倒的に多い…

プレミアがつく街のプレミアはさらにピカピカ度を増していくというわけです。

ただ、こうしたことに「これから」の改善は難しいことでしょう。
なにしろ、ことは「街全体の雰囲気」にも関わることで、故に「街の人」大半で「日常をつくる」ということになってしまうからです。イベントをつくるのとは違って365日の街の雰囲気をつくるのは容易なことではありません。

でも「潜在的なポテンシャル」に恵まれている街はあります。
小さな街。大都市でも一部の地域。「あ、ここは」と思う街が意外に埋もれていたりもします。

一律の施策をかけてどうなる問題でもありませんから「満遍なく全域に」は不可能です。でも、びっくりするくらい輝く街は顕在化していくはずです。

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