人 間

ケネディ大統領の後を継いだジョンソン大統領のとき。アメリカの民主化を大いに進んだといわれています。

その公民権法に署名し、されに経済機会局を設けて社会保障や福祉保険の拡大をめざしての「経済機会法」、老人医療無料化を図った「医療法」、教育援助を謳った「初等・中等教育法」、家賃補助を定めた「住宅法」などを次々に制定。高齢者の医療費を補助するメディケア、低所得者の食費を補助するフードスタンプ、低所得者の幼児の就学を支援するヘッドスタートなどを実現し、今日に至る「アメリカの希望」を現実のものにした稀有な大統領だと…

でも、子どもだった頃の、僕のジョンソン大統領の印象はといえば「ベトナム戦争を泥沼化させた大統領」。彼の功績を知ったとき、僕は素直に混乱しました。

しばらく考えて…「ああ、そうか。共和党対策か」と思ったとたん複雑な気分になりました。

彼は議会操縦の天才ともいわれていますが、「天才」というより「バーター」を抱かせたんでしょう。でも、その結果、6万人ともそれ以上ともいわれるアメリカの若者たちが戦死し、行方不明になり、ベトナムに「石器時代に戻した」といわれるほどの痛手を負わせ、今も両国に癒しきれない深い傷を残している…

これを、たんに「功罪」といって、それで終わりにしていいものかどうか。

ただ、これが政治の現実だとも思います。なにしろ、多くの人が正義には生きていませんからね。多くの人が他人のことは見て見ぬふり、私利私欲にずる賢く生きていますからね。たいていがそういう人たちだという中で正義を通していくことがキレイごとで済むはずはありません。

当時、ベトナム反戦運動に立ち上がるアメリカの大学生たちに立ち向かったのは自動車工場などで働く労働者の若者だったといいます。

「実際にベトナムに行くのは俺たちだ。州兵あたりでお茶を濁そうとするお前たちに何も言う資格はない!」

これも正論。そして軍需産業も多くの貧しい人々を雇用しているのは事実です。

たぶん正面突破では何も変わらないのでしょう。複雑で巨大なあやとりを少しずつ解きほぐすようにしてしか前に進まない。

マイケル・コルレオーネは第二次大戦の英雄で、命がけで父を守り、宗教心にも熱い人ですが、自分の兄弟を含めて「皆殺し」のゴッド・ファーザーです。彼はコルレオーネ家でも最も知性にあゆれる人で大戦の英雄になる前は大学生でした。そういう彼ですからファミリーを継ぐ気などさらさらなかったのに、敵と戦っていくうちに、父以上に冷徹なゴッド・ファーザーになってしまう。

「理論的に」ではなく、こうした人間のリアルを前提に考え、複雑で巨大なあやとりを少しずつ解きほぐすように前進する…

いずれにしても「諦めない」ことが前提になるのでしょう。

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