ノーマークなところ

情報(知価)生産においての就業者っていうのは、良くも悪くも「24時間営業」です。9時から5時までの間にアイディアを出せといわれても困るし、アイディアが出てくるまで粘るようになっちゃうので、結局、勤め先に泊まり込みになってしまう…出勤すべきオフィスがある場合はそうですね。僕もかつては住居と勤務先を分けていたんで、歩いて行ける範囲なのにぜんぜん家に帰らなくなってしまったことがありました。
でも、2000年ぐらいまでだとFAXとかコピー機も必要でしたから、自宅で自衛も難しいところがありました。僕が最初にワープロ使い始めた30年前は、そのワープロが軽くデカめのデスクぐらいの大きさが必要でしたし、印字の音はうるさいし…。印刷屋さんとか関連の業者さんが集まっているところにいた方が便利とか、あの頃は情報(知価)生産といえどもオフィスがあることに意味があったんだと思います。

ところが、今はパソコンがある時代ですから仕事は自宅でもできるし、今どきは散歩中にもできる…Skype使えば打ち合わせも可能です。書類はPDFで送っちゃうし、仮に印刷物が必要になってもネットでデータのやりとりすると、それで完成品が届いちゃうし…

そうなると会社に通う利便から住居を設定するんじゃなくて、情報を生み出すための「刺激が得られるところ」か、逆に「追いついて考えられるところ」に住居を定めて、そこで就業生活も送るというかたちにした方が効率的ということになる…

徳島県の上山町。山奥だけどITで栄えるっていうのはそういう意味での「これから」を象徴している出来事なんでしょう。

データを処理するだけの情報産業で働いているのなら「みなとみらい」に住んで働いていてもいいんでしょうが、新しい情報を生産するには刺激はないし、落ち着いて考えられる環境もない。あそこにいてもしょうがないんです。
とにかく東京のコピーみたいな都市なら、そこがいくら大都会でも情報生産には向かないでしょう。
刺激があるなら、山奥だって、飛行機+なんども鉄道乗り換えな漁村だってぜんぜん構わないんです。ネット環境だって「必須」じゃないですよね。通信するときだけ、つながるところに出ていきゃいいわけですから。

それに落ちついて考えられる環境な再開発な街並みは不利ともいえる…もちろん、超高層の窓から見える夜景に落ち着きを感じる人もいるんでしょうが、僕などは寂寥感に押しつぶされそうになってしまいますしね。

きっと変わりますね。少なくともすべての風が大都会から吹いてくるっていう状態ではなくなるでしょう。
東京でも都心有利とは限らなくなる…20世紀の論理だと、まったくもってノーマークなところが元気になっていたりするんでしょう。

とにかく「これまで」の延長線上に「発展」を描かない方がいいのだと思います。

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