現実的な対応

まず、世襲の議員さんが増えるんでしょうね。歌舞伎は本当に言葉を憶えるか憶えないえないかのうちから「歌舞伎の鍛錬」に打ち込んでの世襲ですが、議員さんの世襲は、そこに立っていてくれればいいというところがあるし、その方が、その周辺で旨みを吸っている人には都合がいいという面もあるでしょう。選挙も選挙で、その「周辺の人」が取り仕切るんでしょうから、本人の力量は関係ない。演説が上手ければ「それで御の字」といったところでしょう。

一方、一般的な社会では悪い意味で浮き上がってしまうだろうエキセントリックな人が議員さんになる。

自民党の大西さんやかつての号泣県議さんだけではなく、議員さんとしての見識ではなく、一般的な社会人としての常識がない…。そういう議員さんが、国会に、地方議会に、たくさんいますね。
たぶん、自分の選挙区にはベタベタと顔写真が貼り出され、敵対勢力に仕掛けられた「ありもしないリーク記事」に罪人扱い、その仕儀に家族を巻き込む可能性もある。そうでなくとも子どもがいじめの対象になるのかもしれない…。そういう「議員」というものに、親が議員でもないのに立候補するというのは、よっぽど「変わった人」ということになるのでしょう。
同様に、他人の評判を気にしない人の方が心理的な負担も少ないし、大西さんのように論拠もないのに自分が正しいと信じ込める人の方が議員向きだということになるのかもしれません。

そして官僚のOBもいる。官僚は公僕と言いますが、法律の原案をつくり、政府の施策立案を立案し、その実行を監理する権力者です。議員はこうした権力者の独断専行を許さぬための存在です。そこに「官僚OB」が加わるというのはどういうことを意味するのか…推して知るべしといったところです。

というわけで、市井の人々の考えとはまったく異なる判断が、国会、議会でなされたとしても、あまり不思議はない…というのが現状です。むしろ当然ともいます。

でも、この状況を改革する権利は彼らに委ねられてしまっています。

市井にいる僕らは、国会の改革を考えるより、この逆境をどう乗り切っていけばいいのか、「自立の道」を探り「自立」を確立することにこそ努力をすべきです。

僕は、それが現実的な対応だと思っています。

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