読解力など

20世紀には消費を煽って経済を成り立たせていたところがありましたが、なんらかお金を支払わなければ「楽しい」とか「安らぐ」が得られず、あるいは「気分転換」ができないとすれば、市井の僕らは近く破綻してしまいます。だからこそ、僕らは身の回りにある日常から何をを読み込むことができる「読解力」や、何かを「何かに見立てる」ことができる力量を身につけておくべきです。

道端のカラスノエンドウが、遠くオリエントからやってきた農作物の末裔であるということを知っていれば、それだけで想像力の翼を広げることができるし、昔の人みたいに、何の変哲もない岩を「ロウソク岩」みたいに見立てられれば楽しかろうという

そういう読解力であり、見立てられる力量です。

でも、そういうことを身につけるのには長い時間が必要です。逆にどんなにお金を支払っても王道がないのが「読解力」「見立てる」です。一日も早くそちらの方向に転じておいた方がいい所以です。

余暇や趣味の部分だけでなく、空き家だらけの建物をおカネをかけずに蘇らせるなんていうのも「読解力」でしょう。何よりも「読解力」「見立てられる力量」を持っていれば貧乏を楽しむことができます。

俳句や川柳、短歌に象徴されるように日本人全体が「読解力」「見立てられる力量」に天性を持っています。

僕は、この方向を推奨します。

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