少数派

つい最近まで「世代論」なんて無意味だと思っていました。でも、各人が持つそれぞれの個性についてではなく、多くの人が、自分の個性に「猫をかぶって」フツウに参加しているとするなら、各時代のフツウを俯瞰する方便として「世代論」も有効なツールになるのではないかと、最近はそう思うようになりました。

それからもうひとつ、平均あたりに集中する64%がこの国のフツウなら、その両脇にいる18%ずつの一方、つまり1億2730万人×18%≒3200万人くらいの「同じ考え方を持っている人」がいても、それは少数派なんだなということ。
50人の学級なら18%はたったの9人ですが、この国だけでも東京都の全人口の2倍以上の「話があう人」がいる可能がある…。実際には、この18%こそが(自らの個性を重視しているんでしょうから)さらに細分化され、それぞれの群に分かれているんだと思います。でも、それでも数万人以上の規模で「話があう人」がいる可能がある…そうしたことが埋もれていなくなったのがインターネットがある時代です。

「一億総中流の時代」にはフツウを意識してアジャストしていかなければ何事も成立しなかったんだと思います。でも、マスを経由しなくても情報が交換できるなら、少数派も「ありのまま」に近い線で収入の道を設計し、ライフスタイルを設計することが可能なんだと思います。

たぶん、僕がフランチャージーとしてコンビニを経営したいなら、1店舗よりも10店舗。10店舗よりも100店舗が力で、その力とは「おカネ」なんだと思います。でも、そうした選択肢を選ばずに「自分の好き」を商いにして生きていける可能性がある。農協との縁を結ばずとも農家としてやっていける可能性もある。

マジョリティはマジョリティだけれど…でもね…という

そういう時代になったんだと思います。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中