声を聞けるようになること

昨年の10月。母方のばあちゃんが亡くなって、わが家にも戦争経験者がいなくなりました。正確に言えばうちのオフクロも戦争経験者ですが敗戦時の満6歳。むしろ記憶の主体は敗戦後から始まります。

戦後も70年。経験者の方々は次々と人生を卒業されて、その体験を聞かせていただくことはかなわなくなります。近く経験者の方は誰もいなくなってしまうのでしょう。映像や音声を残す試みは始まっていますが「データとして残す」という空虚感があることは否めませんし、そうなれば、庶民があれだけの経験をした、かつての「大戦」も、さらに記憶の片隅へと追いやられてしまうのでしょう。

僕は、もっと「あの時代、あの時」を経験した物たち(遺品など)、現場(戦争遺構)に着目してはどうかと思っています。

わかりやすく例示すれば、広島平和記念資料館や長崎市原爆資料館などに保管されている遺品など。遺品たちの持つ言葉の重み。雄弁さ。その言葉を聞き取れるような教育をすること。メジャーな資料館だけでなく、街角にも戦争の傷跡を見つけることはできます。
あるとき、散歩の途中、小さな神社に立ち寄ったら、その拝殿に出征兵士と思われる方々の写真がびっしりという場面に出会って、なんともいえない気分になったことがあります。鎌倉橋(千代田区/大手町と神田を結ぶ橋)の機銃掃射の跡に出会ったときもそうでした。京浜急行に乗って日の出町駅から横浜駅に向かえば、車窓には、今も空襲で焼け落ちた平沼駅のホーム跡が見えます。

遺品や戦争遺構は、今も70年前を鮮明に雄弁に語り続けています。

ただ、彼らの言葉を聞くにはちょっとした勉強が必要です。ホントウは学校がその役割を担ってくれるといいんですが、たぶん、学校は(特に公立学校は)戦争を主導する方の機関ですから、彼らの言葉を聞くための教育には熱心にはなれないでしょう。でも、今はネット検索という強い見方もあるし「自習」できる環境は整っています。

体験者はいつかこの世を卒業されます。記憶は風化していきます。

そうした中で、物や現場の声を聞けることになることが僕らの仕事でしょう。

戦争だけでなく、風化させてはいけないことはたくさんありますから。

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