そういう時代

「号令一下、全員で呼吸を合わせて仕事をする」が過去のものになっていけば、このことも少数派を開放していくでしょう。
実際、核家族や単家族での子育て、親御さんの介護など、かつての産業戦士な時代のように「定時」を全員に課すのは難しくもなってきています。

中世。「銭」が流通するようになって武士が台頭していきました。
平清盛から織田信長、豊臣秀吉まで、彼らを「天下取り」まで押し上げたのは「銭」の力。ずっと「土地の所有」と「血筋」だけが力だったら、彼らが活躍できる余地はなかったのです。少々、オーバーな「例え話」かもしれませんが、工業生産から情報生産(堺屋太一さん的に言えば「知価」生産)へのパラダイム・シフトが、活躍できる人物のキャラクターを大きく変え、社会のあり方を変えていきます。工業生産時代の優等生がスポイルされ、工業生産時代の異端児が天下取りを目指す…そのダイナミックレンジの広さが「大うつけ」を覇王にし、百姓を関白に押し上げる…

そして、そういう大変化も日常的な小さな変化の累積に拠るものです。
気がつくと、みながネクタイをしていない。定時に出社しない人が増えた。男性でも「育児休暇」が許されるような雰囲気になった。大きな企業でもゲイであることをカミングアウトして仕事を続けられるようになった…など。

あの頃の京の都でも、誰かが道端で野菜などを売るようになり、それがとても奇異なことだと思っていたら、ある日、何件もの店が並ぶようになり、その頃になれば立派に「銭」が流通するようになっており、そんなこんなしているうちに「金貸し」「運送」を生業にするものまで現れるようになる…たぶん、これから先に起こることも「あっという間の変化」でしょう。

そして、工業生産時代の優等生がスポイルされ、工業生産時代の異端児が天下取りを目指す…

幸か不幸か、そういう時代に居合わせてしまうこともある。ホントに「幸か不幸か」です。

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