遊んでいるように仕事をする

電車に揺られている間、暇だからスマホでゲームをする。仮にパケ放題で無料のゲームだとしても、自分はその時間、誰かを儲けさせているだけで、生産はしていない。お金持ちと自分との距離をつくっているだけなのかもしれません。

これからは時間は多義的に利用できる方が有利です。

アイディアっていうのは全く関係ないことをしているときに連想ゲームのように浮かんでくるもので、これから「◯◯のアイディアを出します」と号令をかけ、いいアイディアがて出てくるものではないからです。きのう再放送の「ザ・プレミアム 驚き!ニッポンの底力 鉄道王国物語2」(NHK-BSプレミアム)で、トンネル工事の技術者の方が「新しい工法を子どもの運動会を観ていたときに思いつく」というエピソードを紹介していましたが、アイディアとはそういうものだと思います。うちのオヤジも新しい技術のアイディアはどこで出てくるかわからないということで、枕元にも方眼紙と鉛筆を置いていました。

僕も「あ、そうか」と問題が解けるのはたいてい散歩中ですし(机にかじりついているより)入ってくる情報量も違うので、机上で考えた仮説の修正もできます。交渉ごとの詰将棋のプランも「あ、そうか」はたいてい散歩中です。写真だけでなく、ブログの文章もたいていは散歩中に浮かぶ。しかもなんの脈略もなく、いくつか並行して考えていることに対しての解決法がなんの前触れもなく順不同のごちゃごちゃで出てきます。

だから、電車に乗っているときも何かを考えていたり観察していたり。この時間をゲームにとられたら大損害というわけです。
9時から5時までは、この店舗で接客をしていろといわれたり、多少時給が高くても、一定の時間、教室にいて生徒を教えていなければならないというのも多義的に時間を使えない分、生産的ではないんでしょう。そういう時間は最小限にした方がよさそうです。

僕が若い頃は「ONとOFFの切り替えが大事」なんて言われ「よく働き、よく遊ぶ」がスマートだなんていわれてたんですが、それは就労が工業生産的なマニュアル・レーバーであることを前提にしたプロパガンダだったんでしょう。

情報生産時代になると、時間に縛られず、遊んでいるように仕事をした方が、現実として生産性も高いのだと思います。
僕らが子どもの頃に教えられた「態度」と比較すれば、いかにも「不真面目」ですが
たぶん21世紀の働き方としてスマートなのは「時間に縛られず、遊んでいるように仕事をする」です。

逆に一定の時間、一つに作業をして、その分のお金しかもらえない業務は、その時点で(就業者にとって)かなりの損ですし、また、買い叩かれた挙句の国際競争と、あんまりいいことはないんだと思います。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中