確実に変化は始まっている

今も渋谷あたりには、あるプロトタイプを「完コピ」したような若者がいますが、「完コピ」となると今は少数派でしょう。

でもね。僕らが若者だった頃はポパイならポパイ、ホットドッグプレスならホットドッグプレスを信頼して、そこに描かれている「像」を「完コピ」できた方がステイタスが高かったんだと思います。「完コピ」になれなかったのは、そこまでの資金力がなかったからで、願望や憧れは「完コピ」の方に向いていたんじゃないでしょうか。
酒井順子さんがお書きになった「オリーブの罠」(講談社新書)も、そんな時代の若者たちの気分を描写したものです。オリーブという雑誌が「ポパイの増刊」から出発している所以です。いつだったか、マツコさんが「工藤静香が流行った頃は、夜の女たちがみんな工藤静香になった」といっていましたが、その「みんな」感が、あの時代を象徴していると重kます。

みんな「素直な部品」になるような教育を受けていて「自分の個性」を欲した。けれど世の中は工業生産時代で完全な一匹狼になるのは怖い。だから「個性的にみえる群れ」が必要とされたのだと思います。でも、あくまでもマスメディアから発信された情報ですからね。個性というにはあまりにも数が多すぎる「似た者」を生んだ…なんだか哀しい時代でもありました。

今は、あの時代のノウハウで生きようとしている世代が「群れ」のできない時代に「群れ」を求めてさまよっているのでしょう。そして「群れ」が不確実な時代だからこそ「公園デビュー」みたいなストレスフルなコミュニティが生み出されもするのでしょう。

でも、時代はあきらかに「コピーからオリジナルへ」です。ブサイクも、ある見方によればカワイイになり、そして、その評価基準も千差万別。みんなが同じCDを買う時代は過去のもの。AKBマーケットが凄いとはいえ、あの頃と違って、それも社会現象の一部だし、国民の大多数がテレビに釘付けになる時代でもありません。

まだまだ似たようなファッションスタイルに埋没している人ばかりに見えて、確実に変化は始まっている…

僕はそう思っています。

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