やがては夏休みも最終日

僕は1961(昭和36)年の生まれですから、学校の同級生という意味でいえば、たいていの人がコピー機としての性能向上を目指し、それを体質化させてきました。学校の試験だって何かの資格試験だってコピー機としての性能を試すようなものでしたし、遊びについてだって、ノウハウを学ぶ。つまりコピー機になって見本を複写してきたのです。

「あまちゃん」で少し知られるようになった「聖子ちゃんカット」。デビュー当時の松田聖子さんのヘアスタイルですが、そのヘアスタイルが似合う人も似合わない人も全員が「聖子ちゃんカット」になっていく…そういうことが気持ち悪いことだとは思われなかったし、町や村、街角で最初に「聖子ちゃんカット」にした人はむしろ優越感に浸れたのです。

偏差値で輪切りにされた教育も始まっていましたから、僕らは僕らが思っている以上に自分と似たような人たちの中で育つことになります。卒業した学校のブランドが就職に影響する時代でもあったので、その均質さはかなりの年齢になるまで続き、結婚も子育てについても「マニュアル」的な情報は供給され続けます。一方で、核家族化は進み、都市部ではコミュニティは崩壊し、多様な年齢層の人々とまみえることもありません。すでに親たちのほとんどがサラリーマンでもありました。

そういう社会で育っちゃったんで、自分が「コピー機のようだ」ということを意識することもできません。

そして、自分が信頼する情報源を見つけ、その情報源のライフスタイルをコピーしようとします。その方が安全だと思っているし、得をしたと思っているのでしょう。でも「ぐるなび」ひとつをとっても、その方法は通用しなくなってきています。自分なりにフィルターをかけ、アジャストをかけないと氾濫する情報の多さに、右往左往させられるだけだからです。
そして、会社が、規格どおりに働いてくれる部品、コピー要員を必要とした工業生産時代も終わりです。これからは現場で起こる想定外の問題を現場で考え回答を出してくれる社員こそが尊ばれ、さらに言えばカネになる情報を生み出してくれる人が大切にされる時代です。

一回り歳上の団塊の世代も、多くの場合、コピー機であり部品ですが、彼らは本格的に時代が変化する前にこの世を卒業できる可能性も高いですし、それなりに資産も持っています。でも僕らは間に合わない。仮に僕と同年齢の女性がいたとして、平均寿命であと30年か、それ以上。男だって25年以上。しかも実働の時間は限られているから、そのうちに道筋をつけておかなければならない…

焦ってもしょうがありませんが、のんびりもしてられませんね。イマドキは世界が均一ですから、逃げ出せる国もありません。先進国を追いかけてくる国はどんどん工業生産時代でいる時間を短くもしてきている…

ただね。体質改善はホントに難しい。自覚もなければ、それ故に切迫感もありませんからね。高血圧みたいなもんです。サイレントキラー…
でも、現実に、その日はくる。未消化の宿題山済みでも、やがては夏休みも最終日。これが現実です。

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