街角に

駅のホームに残る機銃掃射の跡、かなりの温度で熱せられねじ曲がったままになっている階段の手すり、半分焼け焦げた大木など、日常の街角に見つけることができる戦争の痕跡。目を凝らさずとも散歩の途中にあっけなく見つけることができます。
今、この国の県庁所在地級の都市や大都市に暮らしているなら、誰もが、70年前に人々が炎の中を逃げ惑い、あるいは折り重なって亡くなった土地と同じ地平に暮らしている…そんなことを思い知らされる瞬間でもあります。

そうした痕跡がなくとも、街路の形が同じなら、ああ「ここに亡くなった方が折り重なっていたところか」とか、土手のように高架になっている線路沿いの風景を車窓から眺めながら、火に追われた人々が、両側からこの土手を目指し、越えられずに亡くなったのかと、体験者の書かれた手記などと照らせば、今も、あの頃と同じ風景があちこちに広がっていることがわかります。

怖いから知らなかったことにするという人もいるかもしれません。でも、僕は自分が感じる怖さより「知らずに踏みにじった影があったら」ということの方が気になってしまいます。

ごくごくご近所に、あの頃を知っているだろう石垣があり、階段があり、僕はそのあたりで何があったのかを知っています。何ができるわけではありませんが、コンビニに行く行き帰りにも、その石垣や階段に挨拶をするようにはしています。

確かに微妙な陰影はあるように思いますが、怖くはありません。

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