「止める」

そろそろ、どの「行政サービス」を止めていくのか。真剣に考えなければならない時期に差し掛かっています(ホントはもっと早くたっていいんですが)。
それほどに、この少子化の状況で、団塊の世代が後期高齢者になっていくというのはたいへんなことです。

東京オリンピックのように、新たな予算をつけて「Do」するということに比べて「止める」というのはたいへんです。予算を削られる(政府や自治体の)部署は抵抗するだろうし、死活問題となるような売り上げ減をつきつけられる民間企業も出てくるでしょう。もちろん、責任者はその責任を問われます。

でも、止めなければ、この国が沈みます。

享保の改革で済むこともあれば、武士そのものを無くさなければ時代の要請に応えられないときもあります。
幕末の江戸幕府。小身の旗本だった勝海舟を幕閣にまで引き上げるなど風通しをよくし、パリ万博に参加し、ペリー来航時の外交戦略も巧みです。でも、時代は幕府だけではなく、武士による統治、幕藩体制そのものを否定しました。

あの頃の日本には脅威としかいいようもない武力を持った諸外国が公使一人にかなりの権限を集中させて、日本政府との交渉を迫ってきている。ところが当時の日本は「一つの国に一つの政府」という状態にはなく、皇室にも幕府にも、それぞれが独立国である建前の諸藩にも、それぞれの決定権があった…
しかも貿易の開始は、この国の経済に大きな影響を与えました。儲かる貿易にこの国の産品の多くが吸い寄せられ市場は品薄になり、そこに大災害が重なって「打ち壊し」を誘発する。それ以前から「作物が銭にかわる」ことを覚えた庶民は農業を商いにし、そのことによる無理な作付けが大飢饉を呼び込みもしていた。

幕藩体制が至らぬところもありましたが、その体制がデザインされた頃には想定されていなかった「社会像」の現出によって、時代についてゆけなくなった幕藩体制が引退を迫られていた…その流れに逆らえば、為政の齟齬のあるなしに関わらず、安政の大獄、会津戦争や函館戦争などの悲劇になる…そういうことなのだと思います。

前の大戦においても、すでに負けていた戦争の継続を誰も止められなかったから各都市への空襲を呼び込み、原爆投下を呼び込み、沖縄での市街戦を呼び込んだんだと思います。

少子高齢化は戸籍制度があるわが国では「データとしての事実」です。だから、この事実を直視するのか。見ないふりをするのか。それは今という時代を生きているもっぱら僕らの責任だということになります。

たぶん、戦争とマネーゲームで状況を打開していこうとする現在の政府の力量は、あの当時の江戸幕府にも遠く及ばぬものでしょう。その江戸幕府でさえ、開講による貿易の独占から財政の立て直しを諮って失敗をしています。

21世紀の幕末を生きる僕らは、この局面にどういった舵を切るのか。未来にどういう責任を持つのか…

恐らく、そう遠くない未来に、採点された答案は返ってきます。

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