ただ それだけ

戦前から、この国は工業生産を基調とする産業体制な時代に入って数多くの工場労働者を必要としました。プロの農業従事者を農村から引き剥がしてマニュアル・レーバーにつける…この頃の雇い主の多くは彼らを職人に育てようということに積極的なわけでもなく、たぶん消耗備品のように扱っていたんだと思います。
戦後は、確かに「終身雇用」な感じになっていきましたし、じょじょにホワイトカラーな感じになりました。でも、本人の技能が育つような就労環境はなく、あくまでもマニュアル・レーバーが主体である点では、戦前とそうかわりはありませんでした。それ故、彼らの就労を成立させるには「会社」よいう補完的なシステムが必要でしたが、戦後も70年も経てば、補完されていることが空気のようになり、どこかの会社に入れれば社会人と見なされるようになり政府もそうした風潮を黙認してきました。

技能職は、本人が望めば、生涯すっと仕事を続けることができます。でも、会社員は定年になれば就業者ではなくなります。給与所得者として企業に所属していても何らかの研究者であれば退職後を大学に過ごすということはよくあることですし、カメラ・メイカーのレンズ原器を磨き出す技能職は一生を仕事場で終えます。

でも、それは「稀な例」です。

こうしたこと=アマチュアを扱いやすいアマチュアのままマニュアルで補完して企業活動に役立てる…しかしながら価値ある情報をつくることが主観となってくれば、このことは企業全体の「創造力の欠如」ということになります。工業生産時代の優等生な国だっただけに、急激な時代の変化についていけなかったのでしょう。

この時代に居合わせてしまったことを嘆いてみてもはじまりません。
責任者を追求してみても賠償金が取れるわけでもありません。

生きねば。ただ、それだけです。

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