マイノリティならではの

やはり、若い頃は「なぜ、これが受け入れられない!」とばかりに自説の普遍化を狙ってたんだと思います。
でも、50年も生きてくれば、自分がマイノリティであることを自覚せざるを得ないわけです。
だから、今は「自説の普遍化」はもとより、考えてはいません。

ただ、ジェイン・ジェイコブズさんがおっしゃるように、多様な人々がそれぞれに生き生きとして、出会って、科学変化を起こすように新しい文化を育んでいくような状況こそが都市の命脈だとするなら、マジョリティよりマイノリティの方が、そうした都市あるいは街を考え、つくっていくには適しているのだろうと仮設しています。

多数派は多数派であるが故にマイノリティについての知識が浅いものです。無邪気にマイノリティが大切にしているものを否定したりもします。
マイノリティは、マイノリティであるが故に多数派の存在を無視しては生きていけませんからね。そのあたりは「学校のクラス社会」で生きていくのと似ています。

マイノリティならではのことができればなーと思っていますし、
また、僕と同じような人たちのサンクチュアリがつくれればと思っています。

(たぶん、そのサンクチュアリ。コミュニティではないです)

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