赤い砂粒を一粒ずつ

例えば「原発をやめよう」とか「戦争ができる国にするのは嫌だ」とデモや集会を開いてみるとして、それがハンスト・テント村みたいに長期に及ぶものでも、やっぱり一過性のイベントなんだろうなと思います。

そこが弱さなんだろうな。

デモに参加した後に、コンビニでカップ麺で腹ごしらえをするとか、何人かの仲間が居酒屋ビルに吸い込まれていくとか。あたかも原発を肯定し「戦争ができる国」を肯定したような日常生活に戻っていく…行かざるを得ない。その膨大な「日常という時間」が砂浜なら、そこに赤い砂粒を一粒ずつ蒔いていくのがデモや集会なんでしょう。
ましてや無関心な人は、さらにさらに膨大な砂浜です。

そしてタイムリミットが来る。

デモや集会が掲げたことが成就しなければ、砂浜はさらに広大無辺なものになっていく。

そういうことなのかな。

一昔前なら、現在より物事がゆったり進展していましたから「一粒ずつ蒔いていく」に希望を見出すこともできたんでしょうが
今は、その希望をインターネットが阻んでいきます。

僕にも「これだ!」っていう代替案は見つかりませんが、デモや集会が効かない理由はわかったような気がします。

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