切ないけど、それがリアル

OTOさんと、こだま たけひろさんの著作「つながった世界 僕のじゃがたら物語」(ele-king book)からの引用です。

ミュート・ビートへのゲスト出演は、1987年の東京ソイソース。ミュート・ビートをただのお洒落なバンドだと勘違いして音楽の向こうにあるメッセージに耳を傾けようとしないファンに、アケミは苛立っていたんだと思う。
途中、客席から、「説教はいらねんだよ!」みたいな野次が飛ぶんだけど、かえってアケミはスイッチが入って、緊迫感のあるフリースタイルになった。

だいたい痛いところをつかれると不快なもんです。思い当たる節もあり、故に相手の言っていることが正しいと思えるメッセージ(苦言)ほど、なんともいえず不快。でも、今は「不快」であれば否定。どんなにまともなメッセージでも、そのメッセージの受け手となる人を不快にさせではダメ。「音楽の向こうにあるメッセージに耳を傾けようとしないファン」でも、彼を不快にしてはならないんだから、彼の行状は棚に上げて、彼の気分を良くしておかなくてはならない…

でもね、民主主義でいくってこういうもんなのかもしれません。

適切な意見が採用されるんじゃなくて、そんな人でもある一定の年齢に達すれば投票権を持ち、そういう人たちの「多数」が支持する意見が採用される。それが現況の民主主義です。江戸アケミさんみたいな人は、そういう民主主義の中で声を枯らし、それ故に孤立していく…

切ないですね。切ないけど、それがリアルです。

このリアルにどういう戦略で臨むのか… このままでいけば沈没することはわかりきっているわけですからね。

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