友だちと生きていく

コミュニティは、そこに所属している人にとっては「安心のゆりかご」です。でも、その外にいる人にとっては「越えがたい壁」でもある…街角スナックの扉を押したら一斉に「常連」がジロリ…という…つまりあれです。
そういうコミュニティを、価値観の違う様々な人たちが密集して暮らす大都市にメイキングしていこうとする。そうするとあっちこっちに小さなセクトを生みだしつつ、それぞれが対立する状況を生み出していくことになる…そもそも「私はコック、隣は弁護士さん」が隣り合って暮らす状況では共通の話題を探ること自体が難しく、それでもコミュニティづくりをごり押ししようとすると、結局「気の合う仲間たちの集まり」になっているというのがオチです。

今どきはヨコハマに暮らす僕がカリフィルニアのベンチュラ・シティに暮らす友人とつながって「心」を支え合い、そのことで生活を互助しているかもしれません。食料品の調達などは既存の社会システムが提供してくれるので、生きていくための助け合いは「お互いの心について」だったりするからです。

僕は「どうやったら大都市にふさわしいコミュニティがつくれるか」ではなく「ネットワーク型のつながり」をもっと研究して「大都市のこれから」に備えたほうがいいのではないかと思います。

うちのひいばあちゃんは、流れ者として、流れ者だらけのヨコハマに定住するようになって、リアルな生活を助け合う十数人の気の合う仲間たち(出身地はバラバラ)を近所に呼び寄せ(住宅も仕事も世話して)、商売にとっての知恵袋は広域に散る個人を頼るという感じに、自分の生活圏を築いていました。

何の会に属するわけでもなく、何の会を立ち上げるのでもなく、ただ友だちと生きていっているだけ。

僕は彼女がライフデザインが大都会らしいなと思っています。

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