死ぬまでにはなんとかしたい

スタイリッシュに「形から入る」といい。その実「形だけ」しか真似することもできず、しかも「真似」に終始する。
テンポがいいセリフ回しだと映画評論家を気取って、その実、英語はわからない…とか。
悲しいカタログ世代の実像です。

田中康夫さんの「なんとなかくクリスタル」は、当時「あんなもん小説じゃない」と酷評された小説でもありました。でも、今にして思えば、あれほど、ある時代の若者を精緻に描写した作品もなかったのでしょう。「あんなもん小説じゃない」は決して田中さんのせいではなく、小説にもならないような若者だったのは1980年当時の高校生や大学生たち、つまり僕らだったというわけです。

たぶん、自分が好きでもない音楽や映画を「同級生という世間」を恐れて好きなふりをしたり、雑誌のいうことを妄信して先端を気取り、もてたいがために詳しいふりをする…

あーっ 恥ずかしくって叫びだしたい気分ですね。

50歳を過ぎてるのに、今度は会社の若手に「理解がある人」と思われたいがために無理して彼らの流行情報に過敏になるとか、カラオケで唄いたい歌を我慢しちゃうとか。

どう思われもいいから「自分に胸張って生きる」のが苦手な人が多いのかな。

まぁ、死ぬまでにはなんとかしたいですね。

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