たった一人か二人の

大都市も都心ほどモザイク画のようで、歩いて数分、ヘタすれば1ブロックで様相を一変させます。
今でこそ、ずいぶん薄まってきましたが、かつてのヨコハマ山手と寿町のコントラストは見事なものでした。もちろん、一方はいい風が吹く丘の上。一方は淀んだ埋め地ですが、それにしても直線距離にすれば数百メートルの距離でしょう。その距離の中に羨望の高級住宅地と全国有数のドヤ街が隣り合う…

なぜこのことについて不思議に思わないのか…そのことが不思議です。

(渋谷の宇田川町と松濤の距離感もそうだな)

そこへいくと港北ニュータウンな郊外の住宅地は広大無辺です。どこまで行っても同じような街並みが続く…
こういうことについても、専門家も含め、多くの人々は不思議に思わないんでしょう。そのことも不思議です。

不思議に思わないから、近頃、都心の街並さえも急速に均質化され「モザイク画」ではなくなりつつあることにも無頓着なんでしょう。

さて…

ジェーン・ジェイコブズの著作「アメリカ大都市の死と生」(1961年:日本語訳は鹿島出版会から)から引用します。

「競争を勝ち抜いた用途以外の目的でその地域を利用していた人々は、だんだん去っていきます(他の用途がもはや存在しないからです)。視覚的にも機能的にも、その場所はだんだん単調になります。次には、時間帯ごとに人間が十分に分散していない場合に見られる経済的不都合が起こるでしょう。その場所は、そこの一時用途にとってさえ望ましいものではなくなっています。マンハッタンのダウンタウンが統括オフィス立地として望ましさを失ったのもこのせいです。そうこうするうちに、かつては非常に成功し、熾烈な競争の対象だった場所は衰退し、どうでもいい場所になってしまいます。」

「死」に向かっているのかな。日本の大都市。

ただ、シリコン・バレーを拓いた「神の一撃」。たった一人か二人の小さな一歩が都市をもつくりかえることがあることを証明してはいます。
可能性はゼロではありません。

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