羨望の的

人々が金銭的に貧しく、誰もがその状況を脱したいと思っているなら「お金持ち」こそがステイタスです。
でも、これからは、ストレスレスで「〜をしなちゃいけない」という義務を持たない自由を持ちつつ、それでもそれなりの暮らしができる…という人こそが「憧れ」な感じになっていくのでしょう。

「お金持ち」でも仕事に追われているようじゃダメだろうし、エリートでもスケジュールに追いまくられながら「責任は重い」みたいだと返って気の毒がられる…そんな気がします。

今年は、近所の小学校の入学式直後に近くを通りかかったのですが、パパさんの多さにびっくりしました。僕は1960年代の小学生なのでお父さんは企業戦士。子どもの入学式に会社を休めるお父さんは世間体が悪かったのです。

ただ、こういう時代にストレスレスを確保できるということは、かなりの能力が必要ですし、多くの自由時間を確保しながら、それなりの収入を確保していくともなれば、短時間で仕事を片付けられる「情報処理能力」が求められるのでしょう。

生半ではありません。

つまり、ライフスタイルを確保できることは「羨望の的」というわけです。

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