感性と衝動

「右脳的」を「論理的には説明不可能な感性」としますね。

例えば、繊細に手先を使う技能とかは、確かにノウハウみたいなものはあるんだが、理論的に説明不能で「右脳的」です。身体で覚えるしかないというやつです。たまたま無口な棟梁の説明が下手くそなんじゃないかと誤解されている面もありますが、高度なところになるとどんな人でも正確には言葉にできなくて、曖昧な例え話に終始してしまうものです。

つまり「右脳的」です。

でも、重低音を響かせるようなロックや、同じフレーズ、リズムを長時間にわたって繰り返すようなテクノなんかに「陶酔している」のとか。マラソン走ってスカッとしたいとしたいとか、脳内麻薬の分泌を促して理屈抜きの快感を得ようとするという行為と、同じ「論理的な説明ができない」ものでも、「右脳的」とはまた別種なもののように思います。

本能的な「快・不快」を司っているのが扁桃核とするなら、ずばり「扁桃核的」なのが「スカッと」なのでしょう。

観衆としてボクシングを楽しむ。ホラー映画を「恐怖」の部分で楽しむ。こういうのは「扁桃核的」な娯楽なんでしょうが、「右脳的」との境界は曖昧ですね。同じ「街中を走る」でも、苦しさに脳内麻薬の分泌が盛んになるのを快楽として走っている場合もあれば、理屈じゃない「街の風情」を雰囲気で感じて楽しんで走っているのかもしれないし…

ただ、「扁桃核的」な快楽を追い求めてしまうと、何事も中毒みたいになっちゃうようです。

その楽しさ。感性が喜んでいるのか。理屈抜きの快感という衝動なのか。難しいけれど、見極めておいたほうがよさそうです。

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