右脳と左脳

脳みそのうち「理屈(理論)や数値で物事を理解する」を担当している部分と、理屈にならない感性な理解を担当している部分は異なっていて、前者は「左脳が担当している」、後者は「右脳が担当している」といたりします。
現況の学校教育は、とかく「左脳偏重」型で、美術や音楽まで「左脳型」なカリキュラム組んじゃうし、語学もひょっとしたら「左脳偏重」だから、みんなが英語苦手なんじゃないかといわれたりしています。

右脳と左脳…

確かに、そういうカテゴライズが、日本の学校教育には持ち込まれてはいないなー。それは弊害だろうなーと思います。

それ故、左脳偏重な学校教育の大成功者であるところの(日本の)学者先生たちは、学者先生なのに文化や芸術に弱い…本人としては造詣が深いつもりでも、主観的な好き嫌いと、誰の作品が何年に製作されたみたいなデータに詳しいとか、イントロ・クイズみたいな知識だけで、音楽やアートのやわらかいところ、言葉にならないところを味わって、相対化するということについては苦手。建築あたりの分野でもそういう人が多くてびっくりします。

(こういう人たちが都市を構想しちゃうから、こうなっちゃうのかなと、最近の僕はそんなふうに思っています)

「主観で突っ走る」のも、どうかと思いますが、データで切った冷たい音楽やアートも味気ない。「食」や都市だって、左脳型につくっていいことはありませんからね。

これからのこの国のことを考えれば、「右脳」ということ、真摯に見つめ直してみるべきなのだと思います。

きっと大切なことです。

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