むしろ退化の道を

現在の再開発手法の原点も欧米にありますが、明治以降の僕らは無査証に欧米の文化や技術を先進と信じてそれに倣おうとしますが、こういうことにもそれそろ疑いを持った方が良さそうです。

江戸時代、すでにし尿を「肥」として農業に活かす方法が普及し、生活も慎ましやかだったために、浸透式の汚水桶を設備して置くだけで、大都市でも上水道の安全は確保され、欧米由来のコロリやスペイン風邪が入ってくるまで、この高温多湿の国でヨーロッパにおけるペストの大流行のような現象を上手く抑えてきました。
ところが、19世紀になっても「汚水といえば川に流す」が常識だった欧米の技術に倣うようになると、衛生状態は悪化。明治の初期に水道技術者として明治政府に招かれたブラントン(1841〜1901年/イングランド)は、来日して間もなく東京を視察して、その下水処理の状況を嘆きます。でも、イングランドにあっては先端的な技術を習得していた彼には嘆かわしかったその状況、実は「欧米製」。江戸時代までに確立されていた「日本流」を破壊してしまったからこその「不潔」だったというわけです。

(というえわけで、この分野においては早くから「日本流」が復権し今日に至って水道技術は世界に冠たる国になりました。特に浸透式の浄化槽技術においては他に追随を許さぬものです)

僕らは江戸時代に比較すれば、明治以降は「進歩してきたんだ」と考えがちです。
それもどこかで「欧化」のおかげと考えているところがあります。
でも、多くの分野で、実際は「その逆(つまり退化)」の道を歩んできているようです。

僕らはもっと江戸時代を知り、江戸時代に学ぶべきです。

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