止める

きょうが昭和20(1945)年3月27日なら、沖縄・座間味の島にアメリカ軍の上陸が始めて1日が経過しようとしているところです。硫黄島の日本軍が全滅したのも3月26日。きのうでした。

戦争を始められる人たちが「勝つ」と言って始めた戦争…
その人たちが「止められないから」戦争を継続していた…止めれば責任が明確になりますからね。

少子高齢化の時代になっていることは火を見るより明らかで、つまり「毎年経済成長」は絶対無理だし、この国の人口が全体として(急速に)減っていくんだから47都道府県をそのまま保たせるのは無理なのに、政府は経済成長を謳い、どこの都道府県だって就業の機会を増やし、若年人口の増加を狙った政策を打ち出す。もう、この国は、いつか神風が吹いてアメリカ軍を蹴散らしてくれるといったレベルのフィクションに覆い尽くされ始めているのではないでしょうか。

そして、そのフィクションの源には「止められない」だけの人たちがいて
懐疑的にはなりながらも、ついていくしかないと考えている多くの国民がいる…

あの頃、誰も焼夷弾の脅威は知らず、着々と原爆が開発されている事実は知らず、硫黄島のことも正確には知らず、すでに沖縄ではアメリカ軍の上陸戦が始まっていることも知らなかったように、今は福島の原発事故のこと。東日本大震災をはじめとした震災復興の状況を、僕らは過小評価しているのでしょう。

当事者になれば「止める」のは簡単なことではありません。「止められない」は人類の宿痾ともいえます。

でも、ここを越えなければまた無辜の命が人為によって失われていきます。

「もっと成長する」ではなく、どう「止めるか」…これが21世紀の課題です。

匿名 にコメントする コメントをキャンセル

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中