叔父貴

叔父貴の人生の倍以上を生きたあたりから、うちの叔父貴は最後にどんな風景を見ながら死んでいったんだろうと思うようになりました。
即死だったのか…春とはいえ北の洋上を彷徨うことになっていたのか。
それとも沈みゆく船に巻き込まれていくことになったのか…

いずれにせよ。叔父貴は25年を生きずに人生を閉じてゆきました。

叔父貴はアメリカ合衆国に行ったことがありませんでした。たぶん、叔父貴たちを撃った合衆国海軍の潜水艦のクルーたちも来日したことはなかったでしょう。
まさに縁もゆかりもない、会ったこともない人々が政府の命令に従って殺し合いをしたのです。

叔父貴は政府の方針に疑いを持っていたのでしょうか。それとも政府を盲信し、喜んで戦場に向かったのでしょうか。
うちのばあちゃんはどうだったんでしょう。家族は「良き理解者」にもなれば、最も大きなプレッシャーを与える「世間」にもなります。

叔父貴、オヤジの兄はどんな人だったのでしょう。

僕は叔父貴に会ったことがありません。

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