戦争をしなかった国だった

日本人ってすごいなと思うのは、あの時代に「卑弥呼」という方便を用いる知恵を持っていたということ。
権力者と権力者が武力でナンバーワンを争おうとした、その刹那、その利害関係から最も遠い場所から女性を呼んできて、彼女を「王」にしてしまった…

倭国の大乱が治るのは、彼女の神通力でもなんでもなく、武力を持たない彼女をして王とした、その国家デザインの巧みさなんだと思います。

一方、欧州では、18世紀になっても、それを止める「権威」がなかったために、どの権力者もが殲滅戦の覚悟で相手を潰しにかかりいつ果てるともない戦争に明け暮れていた。そして、フランス革命で、アメリカ独立戦争です。日本のでは下剋上な戦国時代でさえ、天皇家や足利将軍の権威を重んじて、故に、戦うにしても節度ある戦いをし、街場の文化や技能も順調に成長する事ができた。鉄砲戦来からわずか数年で、本国中に鉄砲が広がるのも、それぞれの地に優秀な鍛治の技能職がいたからとされています。

(確かに修理やメンテナンスができなければ宝の持ち腐れですもんね)

そして、欧米では豊臣秀吉の「惣無事令」以降も戦乱が続いていたから、いらなくなった鉄砲を輸出にまわしたわけです。

でも、薩長は、それから280年経って本格的に「殲滅戦」を展開しようとした。会津戦争しかりです。
銃も大砲は南北戦争後の不用品でした。

僕らは、明治維新を美化し、明治以降を美化し、江戸時代以前を「劣っていた前近代」と教わってきましたが、あれは本当に日本の夜明けだったんでしょうか。戦国大名でさえ、焼き討ちと称してホントは天井に「バツ印」を書くだけだったり、たいていは交渉で戦いを集結させていました(故に、軍師や外交僧の時代でもあったわけです)。

そうした時代を経て、明治以降がある…なにやら面妖な気分になります。

実際に江戸幕府の政策が当時のヨーロッパに200年ほども先駆けていたといった事例も珍しくはありません。むしろ明治政府の方が差別意識は強いし、二極化にも無頓着。政府高官やそこに連なる企業家たちが「私服を肥やす」も横行しています。

とにかく、自分自身で確認してみることでしょう。学校教育や人工的に作られたベストセラーな歴史観から離れて、江戸時代ってどんな時代だったのか、自分で探ってみる…

面白い旅をしているようでもあります。そして、そのことから「現在」について、いろいろなことが学べます。

(僕は「目からうろこ」というより、人生観が変わりました)

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