引用

震災を受け止め続ける

週刊朝日 2015年1月30日号の書評に、じゃがたらのギタリストだったOTOさんの著作(こだまたけひろさん共著)「つながった世界 僕のじゃがたら物語」(Pヴァイン刊)のレビューがありました。

OTOさんは、今は、阿蘇山の麓で農業生活だそうですが、著作から、以下の一文が引用されていました。

「九州だけでなく、日本でオルタナティヴな暮らしを模索していた人たちは、3・11でさらに背中を押された感じだったと思う。『自分の足元の暮らしをきちんとつくるしかない』って。僕の仲間のミュージシャンたちは、実際に福島へ行き、音楽を届けること、ともに福島で行動することで支援活動を行っていた。けれども僕はそれをやっていない。申し訳ない思いを持ちながら、熊本でできることを少しずつでも進めていかなくてはと思う。福島の問題は自分の問題であり、これからの世界の問題なのだから。」

震災直後、がれき処理のボランティアに参加はしたが、あの時も、今も東京に帰れば、勤め先と住居の報復でコンビニ生活。そういえば、あれからもうすぐ4年なんだ…というケースもあれば、OTOさんのようなケースもある。

どちらも忘れてはいない…

でも、僕はOTOさんに共感するな。

OTO さんのこと。「私的に自由を追求しているだけだ」っていう人もいるかもしれないけれど、僕には「私的」を未来という「公」に供出しているように思えます(それも毎日、24時間)。
無理せず、でも確実に自立すること。被災地に自分探しに行くんじゃなくて、ちゃんと自分の脚で立つこと。親や会社や行政にすがらないこと。加担せずに生きてゆくこと。

これが震災を受け止め続けることだと思う。

誰もが、自分の等身大に生き、自分の脚で立てるようになれば、これ以上の減災はないと思いますからね。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中