引用

このリアルを

「南相馬 10日間の救命医療/津波・原発災害と闘った医師の記録」(時事通信社 刊)は、当時、南相馬市立総合病院に勤務されていた若いお医者さんが書かれた本です。

その97頁にこんな一文があります。

自分もそうだが、周囲にも、世間が考えるほど東京電力に対して恨みつらみを言う者はいなかった。原発立地地域ということもあって、スタッフの家族にも東京電力の関係者が多数おり、気が気でない様子だった。周りのスタッフはむしろそういったスタッフを気遣い、現場で働くご家族に対して感謝の気持ちでいた。テレビ報道で目にするような東京電力を避難するような状況とは、大きく違っていた。

ああ、現場の当事者の声だなと思いました。

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彼は、放射線室のシャーカステンに貼ってあったレントゲン写真をふと目にすると、そのレントゲン写真には黒い点が無数に写し出されていた。「なんですか、これは?」と放射線技師に聞くと、「これが目に見える放射能です」と教えてくれたという状況にいながら、現場で働くご家族に対して感謝の気持ちでいた。とおっしゃっている…

黒い点が無数に写し出されるような状況に自分が置かれているからこそ、どんな齟齬があろうと、原発の現場で働く人々を、まずは感謝の気持ちから考える事ができるのでしょう。

これがホントの感情です。

それに比較すれば、僕は、東電の対応に愚痴を言うにしても、明らかに「上から目線」で、評論家的で、つまりは「非・現場」だったのではないかと、この「本」と出会って、強烈に反省させられました。

そして、今があります。

今度の衆議院選挙の投票行動の参考になればと、原発事故の事故現場の今の状況を伝えてくれる「マスコミ」は皆無です。政府の圧力もあるのかもしれません。確かに、針小棒大な、あるいは「いわれのない解釈」によって、僕らがパニックに陥る可能性も皆無ではないでしょう。

でも、その状況に裸で放り出されってしまっているのが僕らです。

たぶん、政府でさえ、まだ迷走中です。何も考えず、ただ「乗っかっていればいい」という社会システムが機能不全に陥っていることだけは事実です。

原発事故は「指示を待っていればよい」という時代の終わりを告げるひとつの象徴的な出来事だったのでしょう。事故時M被爆する恐怖より「困ったときはお互いさま」を実戦する「民間」人もいました。正義から被災地を孤立させる判断をした人もいました。属する集団での立場云々というより「個人の考え方」が「個人の行動」を判断させ、ある人は現場に残り、ある人は現場に向かい、ある人は現場を去った…それぞれに能動的な「自分の判断」があり「自分の行動」があったわけです。

「自分の判断」「自分の行動」が礎になる時代の始まりだったのでしょう。

だからこそ、熱情に浮かされたように「みんなで」に準じる時代は終わりにさしかかっています。自分で考えてみるべきです。

例えば、今、こうした本を読んでみることも、ひとつの判断であり行動なのだと思います。とにかく始めてみましょう。

「南相馬 10日間の救命医療/津波・原発災害と闘った医師の記録」
太田圭祐 著 時事通信社 刊(2011年12月1日 初版)

 

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