醍醐味と、贅沢と

ハイ・カルチャーっていうのは、19世紀までに貴族や、どう幅広に考えてもせいぜいブルジョア(プチ・ブルジュアとかじゃなく)までの階級に属していた人たちの生活の中で確立されていった「文化」のことです。学問や、美術、音楽、文学など、クラシックな音楽は、わかりやすくハイ・カルチャーです。
なんで「ハイ」なのかというと、彼らが「ハイ」というからで、故に街場な庶民の文化は「ロウ・カルチャー」です。文化庁が「芸術選奨 芸術選奨文部科学大臣賞」って顕彰事業やってますけど、あれに「大衆芸能部門」っていうのがありますが、あれって「ロウ・カルチャーの中で」って意味なんでしょうね。

でも、何度も言いますが北斎はロウ・カルチャーが育てたアーティストです。あの頃のハイ・カルチャーでいえば「狩野派」なんでしょうから、ロウ・カルチャーだから生み出す作品の質が低いっていうことはないんでしょうね。当時でいえば、ド後進国の、しかもロウ・カルチャーが、印象派に大きな影響を与えて、その印象派の画家たちはヨーロッパのハイ・カルチャーをブレーク・スルーしていっちゃうわけです。

小気味いいもんです。

だから、自分のステイタスを担保するように、好きでもないクラシックな音楽の演奏会に行き、わかりもしないコンテンポラリーな美術展に脚を運ぶべきではないと思うし、そうしている自分に酔っているのはバカバカしいとも思います。

僕は、代々木のうどん屋さんで、美しい油で上がったさっぱりした天ぷらで「ざるうどん」なんかをいただいているときに、この世界基準のクロリティーなロウ・カルチャーを思い、日本という国で街場の文化に触れながら生きていることの醍醐味と、贅沢さとを噛みしめています。

安倍さんのたちには、こういうことがわからないのかな。安倍さんたちの言うとおりにしてたら、街場の文化は丸坊主。この国には江戸時代後半の狩野派みたいなアートしかなくなってしまう…。

大政翼賛会を中心とする「翼賛体制」があったのも実際は5年ほどの間。でも、そのたった5年で、この国のロウ・カルチャーは多くのものを失ったし、安倍さんのおじいちゃんたちが主導した「高度成長期」にも多くの技能が失われたんです。

今こそ、僕らが頑張らなければね。そう思います。

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