一本の銛

ランドマークタワーがある「みなとみらい」は、かつての三菱重工ドッグの跡地。金港町の横浜ベイクォーターは三菱倉庫の跡地です。「みなとみらい」から横浜ベイクォーターまで。コンビニはローソンしかありません。
ベイクォーターに隣接するイーストスクエアの地主さんは京浜急行系でしたから、ここにはセブンイレブンがあります。イーストスクエアから道路を挟んで北側にあるコンカード横浜にもセブンイレブンがあり、金港町に隣接する大野町にもセブンイレブンがあります。

かつて、渋沢栄一翁が、日本の独占をはかる三菱系に対抗して「三菱系以外の全部」の企業(というか、当時は「企業オーナー」と表現した方が正確かもしれないですね)の連合をつくろうとしたことがあります。だいたいにおいて渋沢翁は、日本初のビジネスモデルをつくっては、その企業を人手に渡しちゃうという人。それ故に、みずほ銀行、東京海上日動火災保険、王子製紙、東日本旅客鉄道、東京ガス、日本煉瓦製造、清水建設、日本経済新聞社、帝国ホテル、川崎重工、太平洋セメント、サッポロビール、アサヒビール、東宝などなど、多岐の業種に渡って「恩を売った知己」があった人でもあります。その翁が、日本全国に呼びかけて「対抗軸」をつくろうとしたが、二大政党制みたいな形にはつくりきれなかった…その分、三菱系の優位は揺るがなかったというのが現在の形です。

考えてみれば、前の大戦のとき、空襲の一番の標的にされたのは三菱の工場ですし、戦争が終わった頃には、保有していた船舶のほとんどすべても失っていました。挙げ句の果てに占領軍から「財閥解体」をつきつけられても、上手く法の穴を見つけては「看板の架け替え」に終始し、実際に解体された中小の財閥の資産を買いあさって、返って焼太ったのが「三菱系」でした。

どこまでも強い…

でもね。ブルボン王朝だって永遠ではなかったわけです。

「鯨も一本の銛(もり)で撃たれる」の例えもありますし、ビジネスや権力で挑んで誰もかなわなくとも、見方を変えれば、案外、脆いところがあるのかもしれませんね。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中