つくっちゃった後

便利だ便利だと、その中の進歩を喜んでいるうちに、まさか自分の仕事がなくなるとは思っていなかったというのが、僕らの世代でしょう。

各家に冷蔵庫があるような状況がなければ、今も、お豆腐屋さんや納豆売りなども健在だったでしょう。集約的な大型店舗が隆盛にならなければ、八百屋さんの店先で芋洗いをしてるお兄ちゃんなんていう「職種?」がなくなることもなかったのだろうと思います。インターネットは多くの雑誌を潰したのだろうし、デジタル・パブリッシングは、写植屋さんや多くの印刷技能職を絶滅に追いやりました。洗濯機や洗剤の性能が良くなれば「並」な洗濯屋さんの仕事はなくなり、デジタルが写真のスタンダードになれば街かどの写真屋さんはなくなり、スマホが普及すればカメラ屋さんも大半がなくなります。

(そういえば、ヨコハマの家の店。隣はカメラ屋さん&写真屋さんだったな)

テレビがなかった時代は、ひとつのギャグで一生喰えた芸人さんもいたそうです。そのギャグの実演を観たことがないお客さんのために全国を行脚していればよかったからです。

僕は1961年生まれ。所得倍増計画発表の翌年。前の東京五輪は四歳のとき。大阪で行われたEXPO’70=大阪万博は小学校4年生になる年の3月からでした(僕は早生まれ)。
大阪の万博では、なんでもオートメ(オートメイションの略;つまり全自動な感じ)で機械に任せておけば事足りる…そういう楽チンな生活が「21世紀の生活」として描かれていました。お風呂だってカプセル型の湯船に浸かっていれば、あとは全て機械がやってくれる…

あの頃の大人たちは、そういうことが実現した後の社会で、どうやってみんなの就業を確保するつもりだったんでしょう。

いずれにせよ。これから先も安心なのは、巨大な資本家、特権階級以外はリチャード・フロリダ曰くの「クリエイティブ・クラス」だけ。でも、これから、そういうふうになることが「懸念される」っていうんじゃなくて、そういう世の中を、すでに「つくっちゃった後」なんですよね。

自分の暮らしや自分の周囲を見渡してみればわかります。

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