時 間

それにしても、時間が足りません。

銀行なり郵便局なりに現金を預けておけば「あとはお任せ」で安心が変える時代ではありません。円を外貨に替えるなり、株式を買うなり、あるいは自分に投資をするなり、勉強して、判断しなければならないのが今という時代です。
どこに住むにも、住む土地を読まなければなりません。今は10年もあれば、地域の状況が激変している時代です。都心の一等地にマンションを買ったなと思ったら、ローンを払い終わる前に、そこがスラムのまっただ中ということもあり得る時代ですし、知らずに昨日までのスラムを買わされることもあります。
震災のこと。豪雨…社会的な変化を予測するだけでなく、地盤のことだって勉強して判断しなければなりません。

もちろん仕事のことだって「一回、就職試験に受かってしまえばあとは安泰」は、今や遠い過去の話し。このことにも勉強し判断する時間が必要です。

つまり、何ごとも自動制御では生きていけないこの時代には、知識を仕入れ、自分の判断力を磨き、判断するだけに充分な「時間」が必要だということです。

24時間は誰にとっても24時間ですが、1時間あたりに何ができるかは各人によって違います。パッパッパッとツボを押さえてサクサクサクっと仕事を片付け、自由になる時間をたくさん持っている人は、その「自由になる時間」のデザインも上手いんでしょう。「時間は造るもにだ」といわれる所以です。でも、その実力を持っていても、一定の時間は店舗やデスクに縛り付けられているなら、その実力を充分に発揮できないのかもしれませんし、その時間内にヘトヘトになるまで人にまみえて、あとは寝るだけという状態になってしまっている人もいらっしゃると思います。

上手く時間をデザインできる人が優位だが、その優位を充分に活かせない人も多い…どこまで行っても「狭き門」です。

もう少し変化のスピードにゆとりがあればと思いますが、自分の時間はデザインできても、「時代」という時間のあり方をデザインすることは誰にもできません。泳法は工夫できるが、海や川の流れはどうすることもできない。どんなに達者な人も溺れるときは溺れるというわけです。

せめて「自由になる時間が少ない」ということは、かなり危険な状態にあるのだということを自覚してくことぐらいはしなければと思います。
英気を養っていると思っているその時間が「墓穴掘り」かもしれませんからね。

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