話せなかったこともあるはず

うちのオヤジと同世代の職人仲間でシベリア抑留を経験された方がいらっしゃいました。
極寒の中で、亡くなった仲間の死体が凍ってしまい。棺桶に納まらないからスコップで腕を折って無理矢理押し込む…あれは辛かった、今でも夢に見るとおっしゃっていました。

仲間をソビエト側に密告してはおいしい食事にありつくという人もいたそうです。一方、帰国してから「あいつは収容所から生きて帰ったんだ。アカに洗脳されているに違いない」と身に憶えのないレッテルを貼られ苦労した人もいたそうです。

うちのオヤジが戦場にたのは1年足らず(あとは海軍さんの学校に行っていました)海軍ですから白兵戦の経験もありません。

でも、戦場にいたのは事実です。

オヤジが何をしていたんだか。どうやって戦場にいたんだか。ちゃんと知らなきゃなと思います。
戦争体験には殊更に雄弁だったオヤジですが、話せなかったこともあるはずです。

ニュース23 シリーズ若者たちの戦争6「人間ではないことをした」94歳・元日本兵の証言(2014年8月14日放送)
を観ていて、改めて、そんなことを思いました

話せなかったこともあるはず」への2件のフィードバック

  1. Sachie の発言:

    ネット上で探したら、この番組を見る事が出来ました。

    あまりにも辛い事を経験すると、人は本能的に記憶から消したいという自己防衛の力が働くのだそうです。
    辛い体験を話すということは自分の記憶を掘り起こす事で、自分が犯した罪、事実を認める事にもなります。
    戦地にいたことが無い人が想像出来ないほどの色んな事があったのだと察します。

    普通の人にそれらをせてしまう「戦争」とは何なのだろう?と思います。

    辛い事だけれど事実を認める作業を怠ると、また同じ過ちが繰り返されるのだと思います。
    戦争にしても原発の事故にしても。

    • 「難しい」からって「やらなくていい」っていうことではありませんからね。たぶん、その「難しい」から逃げる、その「気持ち」に戦争の萌芽があるんでしょう。逃げないことは難しいですけれどね。

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