白いズック

子どもの頃、戦争は、どこかの国の国民とどこかの国民が憎しみあって、それが暴発する感じで始まるものだと思っていました。でも、それはずいぶん間抜けなイメージのつくり方でした。
だって、そういう前提に立つなら、戦争は国民の自主的な意思に拠るもので、第二次大戦中の欧州各地のレジスタンスがそうだったように、兵士は着の身着のまま。最初から軍服や階級が用意されているということはないはずです。
個人的に戦争をはじめれば、誰が相手でも「テロ」です。正式な政府ではなくとも、戦争は、何らかの勢力の、その中の権力者が始めるものでしょう。そういう意味でいえば、あのときの欧州各地のレジスタンスだって、どこまでがホントに「自主的」だったのか判らないところがあります。僕らは上手いプロパガンダに突き動かされたりもします。

僕らを攻めてくる相手はどこにいるのでしょう。攻めさせているのは誰でしょう。

うちの叔父貴は、1945年に白いズック片方で帰ってきたんです。勲章はもらいましたが墓には何も入っていません。わが家では白いズックを叔父貴だとは思えなかったようです。

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