リアルの不在

僕は、たいていが大学に進学するという、横浜市内の学校に通っていましたが、横浜市内の大学に進学するというのは、むしろマイノリティだったと記憶しています。何しろ東京に電車で通える範囲ですし、東京には魅力的な大学がたくさんあります。僕は美術大学に進学しましたが、当時の横浜市内に美術大学はありませんでした。

そして、横浜国立大学や神奈川大学、関東学院大学には地方からの進学者がたくさんやってきます。神奈川県内の高校出身者でも横浜市外からの進学者が多数を占める…大学生は、その街の雰囲気をつくる重要な要素のひとつですが、こうした事情もヨコハマのリアルを決定づける要因になっているのだと思います。

都会らしい都会に育ったヨコハマ人たちは「継ぐべき家」でもない限り東京という本格的な都会を目指し、そこに「帰っていけるふるさとを持つ人」が流入する。そして、ヨコハマの日常に暮らす若者たちの多くが「ふるさとを持つ人」。デラシネな都会人ではない。旧くは石原裕次郎さんの時代からデラシネたちの都会といったイメージで描かれてきたヨコハマですし、今もテレビや映画の中ではアーバンな街でしょう。でも、リアルなヨコハマは無頼でアウトローな街ではなく、どこかに牧歌的な雰囲気さえ漂う「イナカ」なのです。

でも、ヨコハマに長い人でもそうは思っていないでしょう。自分の息子や娘を東京の大学に送り出しても、ファスト風土化しつつある元町の現状をみても、ここは根っからの都会だと思っているはずです。

ヨコハマ都心三代目のウチのオフクロ。この前、池袋についてぶつぶつ言っていましたが、今の横浜駅東西口に比較しても買い物利便は池袋の方が上ですし、カウンター・カルチャーやサブ・カルチャーの情報生産性においては比べるべくもなく、ヨコハマはまったく歯が立ちません。オフクロがそうでないイメージを持っていたとしても、それはあくまでも「自分の想い」。現実ではありません。

それにしても

いつまで「イメージとしてのヨコハマ」に溺れているんでしょう。

ウチのオフクロだけじゃなく、ヨコハマを「自分の地元だ」と思っている人こそ、ヨコハマがすでに沈みかけているのにも気づかず、順風満帆とはいえないまでも「都会」として立派に航海を続けていると思っています。

でも、実際に沈んでみるまでは、このままですね。たぶん。

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