どんなニーズがあるのか

「小説神髄」には、表紙に「文学士 坪内雄蔵 著」とあります。坪内雄蔵つまり坪内逍遥が東京大学を卒業した明治16(1883)年には、大卒にもそれだけの輝きがあったのでしょう。

でも、今や大学進学率は50%。2011年の文科省のデータで、大学は780校。在学生は289万3千人以上になっています。僕は30年ほどの前の大学生でしたが、それでも名刺に「芸術学士」とはこっ恥ずかしくて書けません。

そんな感じでした。

そして、大学院生数も27万2千人以上(2011年;文科省)。昭和40(1965)年には1万5千人と少し。それが平成5(1993)年に10万人を超え、あれよあれよという間に27万人以上と。

無茶してないかなーと思います。

僕は街づくりの現場に出ているので大学院では「実践者」と呼ばれていますが、つまり、僕が「実践者」と呼ばれるくらい大学院では実践の現場に出る人は稀で、デスクワーク的な研究者がスタンダード。僕の場合、現場で「解けない問題」が出てきたので大学院にきたのですが、入院(入院っていうのかな)前は、公共政策学という専攻ジャンルからして、もっと実践者がいるのかと思っていました。

高度な知識、学識を持った「実践者」。まったくもって人手不足です。自治体や政府でさえ問題が解けなくなってきているのに、専門的な実践者の数が足りない。一方、研究者の方は「高学歴ワーキングプア」の代名詞みたいにいわれていて、新書の近刊が2冊もあります。研究者じゃなくても、例えば博物館や美術館の学芸員、考古学の発掘調査員みたいな仕事もだぶつき気味なようです。

ようは、本来的なニーズに即して大学院のカリキュラムをデザインする前に、たぶん、文科省側のお声掛かりかなんかで、どーっと門戸開放と新設を繰り返してきたということなんでしょう。

幸いにして僕は、「実践者」にも造詣が深いすこぶるつきの「いい師匠」に出会って、たくさんヒントをもらい、たぶん大学院に来なかったら見つけることができなかっただろう「新しいルート」からの登山を開始する準備をしています。

だからこそ、受け入れ体制だよなと思います。自然科学の分野はまた別なんでしょうが、社会科学なジャンルは、研究者もさることながら増員して値打ちがあるのはん実践者の部分についてです。でも、たいていの大学院や教授たちは、ひたすら従来(研究者を育てる)を繰り返しています。

入学案内のパンフレットには「実践者を育てるよ」的な文言も並んでるんですが、そうはなっていないのがカリキュラムの現状です。

歪だなーと思います。

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