英 語

仮に、こちらが英語力ゼロだとしても、こちらに「相手が聞きたくなるような情報」がありそうだとなれば、カタコトの日本語を含め相手の方から、こちらに近づいてきてくれるものです。折り紙ひとつでいい、相手の関心を呼びそうな道具を持つこと。それを相手に教えているうちに、こちらの語学力も無理な向上していくものです。

写真も共通話法になりやすいし、ものの見方が違うことが相手に伝われば、それだけで興味を持ってもらえることもあります。

逆に、英語に堪能でも、その人が面白くなければ無視される。もちろんエクスキューズはありますが、それは日本以上に形式的で、興味がないことにアリアリだったりするのが外の国という気はします。

故に、グローバルな雇用ニーズに対応するために語学を…というのは、的を外した努力のようにも思えます。

工業生産時代には、欧米では信じられないほどの没個性に徹し、粒ぞろいであることで生産性を上げてきた国です。

今は、その直後の時代。この国は「粒ぞろい」が当たり前すぎて空気のようになっており、個性を際立たせることを恐れる感じさえあります。

でもグローバルといわれれば、みんなで英語習う…そういう姿勢を持つことに未来はありません。

工業生産時代は終わってしまったのです。

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