綱渡り

映画「そこのみにて光り輝く」(呉 美穂 監督)に、山田孝之さんが寄せられたコメントの中に「器用な人間達が作った社会の中で不器用な人間達は素直には生きられない」という一節がありました。

たぶん「器用な人間達」には「器用な人間達」なりに、何かの修羅を抱えているはずですが、確かに「器用な人間達が作った社会」に居場所を与えられない「自分の正直さに勝てない人間たち」の孤独や孤立感にはやはり計り知れない悲しみが横たわっているようにも思います。

両者を隔てているのは何なんだろうと思います。

たぶん「紙一重」なんでしょうね。でも(それぞれの主観においては)峡谷のように深い闇。

友近さんが寄せられたコメントには「人生の底辺を味わったからこそ出てくる言葉、表情、感情」と綴られています。

でも「器用な人間達」だから「人生の底辺」を味わっていないとは限らないんでしょう。

そんな気がします。

誰にとっても喰っていくことは命がけのこと。一歩間違えば、心が壊れてしまう綱渡りです。

綱渡り」への6件のフィードバック

  1. 佐藤泰志原作の映画ですね。
    最近彼の「海炭市叙景」を薦められて読みました。まだ感想はまとまらないのですが、こちらの映画化もされているようで観てみたいと思っていました。

    • 僕は「海炭市叙景」の方の映画は「予告編だけ」です。「そこのみにて光り輝く」は、webで「予告編」を観て、その日の午後に映画館へ行って観て、今もリフレインしている…佐藤氏の原作の素晴らしさもさることながら「映画(映像表現)」として、感嘆させられた作品でした。
      いい映画です。お勧めします。

  2. Sachie の発言:

    日本に帰ったとき、本を買ってみようと思います。
    山田孝之さんのコメントと、
    先日の「平均」の構造のグラフが重なりました。

    • 僕はセレブ志向でもないし、かといって〝平均近くの70%〟にも違和感がある…きっと、すいぶん狭い範囲にしか居心地を見いだせないんだろうなと思っています。
      街を彷徨うように歩いているのも、こうしてブログを綴っているのも、ある意味「居心地探し」をしているのかなと思うこともあります。統計学や社会学、経済学などを勉強し直してみようと思っているのも、自分の立ち位置を見極めたいからなのかもしれません。
      そうした自分として「そこのみにて光輝く」は響く映画でしたし、映画になるくらいなんだから、マイノリティとはいえ、決して少なくはない人々が、僕と同じように居心地を求めて彷徨っていたりするんだろうなと思いました。

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